プラセンタの語源と歴史

プラセンタとは、女性が妊娠した際、へその緒を通じて胎児に多大な栄養を送り届ける臓器、「胎盤」のことをいい。その胎盤の英語名がプラセンタという訳ですが、その語源は、その昔、ローマ人が食べていた丸い円盤型のお菓子にプラチェンタというのがあり、胎盤がそれに似ていたことから、プラセンタと呼ばれるようになったのだとか・・・。

丸い円盤型イコールそのお菓子の名前となった訳ですが、出産時に女性の体内から出てくる、血液まじりの内臓にお菓子の名前をつけるローマ人のネーミングセンスには、正直 驚かされてしまいました。


ところでこのプラセンタ いったいいつごろから、胎児を育てる以外の目的で使われだしたのでしょうか?


【歴史上の偉人も使用したプラセンタ】

ある文献によりますと、紀元前 「医学の父」 と呼ばれるヒポクラテスがプラセンタを治療に使用したとの記述が残っているのだとか。
また絶世の美女といわれたクレオパトラがプラセンタを美容に用いていたとも。
中国では、秦の始皇帝が不老不死の妙薬のひとつとしてプラセンタを使用していたとも言われており、唐の時代には漢方医学書「本草拾遺」の中でプラセンタが紹介されています。
明の時代には「本草網目」の中で「紫河車」の名前で紹介され肉体的及び精神的な疲れや衰えに対して効用のある滋養強壮の漢方薬として珍重されていたことがわかります。
また、クレオパトラと同様、こちらも中国を代表する絶世の美女、楊貴妃が「紫河車」を服用していたと伝えられております。この「紫河車」は現在も漢方に欠かせない薬の一つです。
ほかにも日本では江戸時代使われていた薬にプラセンタが含まれていたといわれていますし、フランスのマリー・アントワネットも若返り、美容の目的でプラセンタを利用していたといわれます。この様に古今東西、様々な場所でプラセンタは確固たる地位を確立していたようです。


【プラセンタの医学利用】

また現在の西洋医学でプラセンタでの治療を行うようになったのは1930年代旧ソ連のフィラートフ博士が「組織療法」でプラセンタを使用したことがはじまりといわれています。
プラセンタを用いた「組織療法」とは、健康な妊婦さんの胎盤を冷蔵し、加工処理、完全滅菌したものを特殊な器具を用いて皮下脂肪組織内に注入し様々な病気を治すことができる治療法のことで、その後、この組織療法が日本に伝わり、1950年に組織療法を研究していた医師たちが集まって「組織療法研究所」を設立。 プラセンタエキスの注射液の開発にともない1950年に「メルスモン製薬株式会社」に発展させ、厚生省(現厚生労働省)から医薬品の認可も得て更年期障害と乳汁分泌不全の注射薬「メルスモン」の製造販売を始めます。

この様に歴史的にも深く、医学的にも大きな役割を果たしているプラセンタ。

今後は更に美容業界でも使われていくものと思われます。


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